さがみ野教会の

牧師

宮井岳彦(みやい・たけひこ)

 

1978年生まれ。横浜市出身。

​1981年4月 初めて教会に行く。(希望が丘教会附属めぐみ幼児園

1994年11月6日 受洗(高座教会

2005年3月 東京神学大学大学院修了

2005年4月から 成瀬教会・高座教会・田園伝道教会伝道師

2006年4月から 成瀬教会伝道師

2007年4月から さがみ野教会伝道師

2009年3月22日 受按

2009年4月より、さがみ野教会牧師。現在に至る。

​        説教塾に所属。

 

私が初めて教会へ行ったのは3歳の時。年少さんで入園した幼稚園が、教会附属の幼児園でした。やがて母がその教会で洗礼を受けたこともあり、私にとって「神様」という存在は、空気のような、あって当然だけどなくては困る存在でした。

そんな私の転機になったのは、中学時代の友人が18歳の時に亡くなったことでした。バスケ部に所属する、活発な男の子でした。くも膜下出血でした。

私は、物心がついた頃から教会へ通っていました。神を信じることに疑問を覚えたことは、殆どありませんでした。多少目立ちたがり屋でしたが、とても平凡な、どこにでもいるような少年時代を過ごしてきました。どう控えめに見ても、素晴らしい性格の持ち主というわけでもありませんでした。

しかし、私はたいした疑問も持たず、というよりも、殆ど何も考えることもなく、教会に行き続け、神を信じて生きていました。そして、それは私にとって、安心できることでした。教会にはたくさんの友人もいました。その頃私が通っていた教会にはボーイスカウトもありました。同世代の仲間もたくさんいました。それに、ちょうど高校を卒業した頃から、聖書を読むのが楽しく感じられるようにもなってきていました。

 

しかし、弱冠二十歳にもならずに生涯を終えた私のあの友人は、おそらく、神を信じる喜びを知らずに亡くなりました。そもそも、神を信じるかどうか、という選択の余地もなかったのだろうと思います。

少なくとも、私は彼に神様の話をしたことはありませんでした。

 

そんな私が教会に生き、神を信じることに喜びを覚えていることにも、何か意味があるのではないだろうか・・・。

そんなことを考え始めたのが、私が牧師を志すことになった、一つの切っ掛けです。

 

このウェブサイトを訪れてくださったあなたにも、私は教会に来て頂きたいです。神を信じて生きることは、他の何によっても代償できない、大きな喜びです。

何しろ、聖書には、神がこんなつまらない私でさえも愛してくださっている、という福音の言葉が詰まっているのですから。

 

ぜひ、さがみ野教会へいらしてください。あなたを、待っています。